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2019年2月17日 (日)

“アイヌ新法”の真実

・・・ アイヌ新法案の骨子 ・・・

< 目的 >
先住民族であるアイヌの人々が、民族として誇りを持って生活することができ、その
誇りが尊重される社会の実現を目指す。 すべての国民が人格と個性を尊重し合い
ながら、共生する社会に資することを目的とする。
< 基本理念 > 
アイヌであることを理由に差別すること、その他の権利利益を侵害する行為をしては
ならない。
< 責務 >
国や自治体は基本理念にのっとり、アイヌ施策を策定・実施し、国民の理解を深める
よう努める。
< 民族共生象空間 >
アイヌ文化の振興等の拠点施設。 アイヌ指定法人への管理委託、料金徴収も可能。
< アイヌ文化振興・環境整備施策 >
① 市町村が作成した地域計画に記載した事業に対する交付金。 ② 特例措置(国
有林の林産物採取の規制緩和、サケ捕獲に関する都道府県知事の配慮、商標登録
の手数料の軽減)
< アイヌ政策推進本部 >
施策の推進のため、関係大臣で構成。 内閣官房長官が本部長。 
・・・・・ 2月15日・新法案を閣議決定し衆議院に提出 ・・・・・
政府は 年度内の成立を目指し、アイヌ政策を進めると決めた様です。  最大のポイントは、政府が始めて アイヌを先住民族 と明記した事です。  まだスタートしたばかりの法案ですが、戦後“74年”・北海道命名“150年”、どちらにしても遅すぎます。  果たして、アイヌ人に光明があるのか?  来年開設される民族共生象徴空間“ウポポイ”(胆振管内白老町)だけが強調され、アイヌ人が長年培ってきた土地や権利は、新法案には全く盛り込まれていません。  「サケや山菜は、申請があれば採取を許される」では、旧土人保護法 と大差はありません。  寧ろ 生活に密着した助成金に関しては、旧法より後退(低減)したと聞きます。  
このアイヌ新法案は、誰の為に造られのか?  思うに、2020年“東京オリンピック”で来日又は来道する外国人に、日本は先住民族・アイヌ人に手厚い配慮をして来たと、政府側の安直なアピールと感じます。  おそらく 東京オリンピックの後は、アイヌ人に対する偏見・差別・虐めは、今までの様に復活すると思います!
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2019年2月 6日 (水)

市民雪像 『大坂 なおみ』

2月4日、第70回“札幌雪祭り”が開催されました。  札幌市の中心部、“大通公園”~すすき野などに多くの雪像や氷像が、自衛隊や札幌市民・観光客(外国人)の手によって造られています。    

肖像画家である友人『鈴木 博詞』は、十数年に渡り“札幌雪祭り・市民雪像”を、グループ“きたきつね”の代表として造っています。  今年の作品は、女子テニス・ランキング世界一になった『大坂 なおみ』(母親は根室出身)です。

2月9日 市民雪像の人気投票で、見事1位を受賞しました

  annoy 市民雪像「大坂 なおみ」 画像をクリックすると写真が拡大します。

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毎年 画家:『鈴木 博詞』が、約16分の1ほどの粘土像(雛形)を造り、チームの協力を仰いで市民雪像を造る訳ですが、今年は例年に増して寒く、体調不良で欠席者が多かった様です。  雪像の出来栄えは、今一つと言っていました。  実は 代表である『鈴木』は、市民雪像とは別に高さ約 6メートルの“中雪像”の製作を雪祭り本部から依頼され、「大坂 なおみ像」や「ポケモン像」を手掛けるのが、ごく短時間だった様です。
                   
 annoy 市民雪像「ポケモン関連」
                   
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今年、始めて挑戦した高さ約 6メートルの“中雪像”。  20日間にわたり、ほとんど一人で仕上げた様です。  極寒の中 高い足場に登り、チェンソーやノミを駆使し、完成した時は手が痺れ、商売道具の“絵筆”が持てないほど腫れていたそうです。(本業が危い!)  その作品が、「ソードアート・オンライン」です。  市民雪像の数倍(10倍?)あります。
◎ 決して若くない画家が、これ程の雪像を造るのですから、正に驚きです!
                 
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 昨年の市民雪像は、チーム“きたきつね”が製作した日本ハムファイターズ・ドラフト1位打者:『清宮 幸太郎』でした。  雪像 『清宮 幸太郎』   

2019年1月24日 (木)

昭和の純愛「愛と死をみつめて」

    ・・・ 愛と死をみつめて ・・・
 
            唄:青山和子 作詞:大矢弘子 作曲:土田敬四郎
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          
一、♪ まこ・・・甘えてばかりでごめんネ~ みこは・・・とっても倖せなの~ 儚い命と知った日に~ 意地悪いって泣いたとき~ 涙をふいてくれた まこ・・・ ♪
          
二、♪ まこ・・・わがまま言ってごめんネ~ みこは・・・ほんとに嬉しかったの~ たとえ その瞳は見えずとも~ 二人で夢見た信濃路を~ 背負って歩くと言った まこ・・・ ♪
          
三、♪ まこ・・・元気になれずにごめんネ~ みこは・・・とっても生きたかったの~ たとえ この身は召されても~ 二人の愛は永遠に咲く~ みこの命を生きて まこ・・・ ♪ 
          
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          
この楽曲は 今から五十年以上前、実話を元に作られ大ヒットした、昭和の名曲です。
みち子(みこ)と實(まこ)は、高校時代に病気療養所で知り会い、退院後は文通で意気投合した若い二人でした。  その後、“みこ”は京都の大学へ“まこ”は東京の大学へ、遠距離恋愛を続けたそうです。  そんな中、“みこ”の病気が再発し、入院しなければならなくなった様です。  病名は、“軟骨肉腫”と言う難病でした。  “まこ”は“みこ”を励ます為に、アルバイトで旅費を捻出しながら、何度も何度も見舞いを続けたそうです。  しかし、“みこ”の病気は快復するどころか、悪化が進む一方でした。  現実は厳しいものです。  “まこ”の看護も虚しく、“みこ”は 22歳の誕生日前日、天に召されたそうです。
 
その後、「愛と死をみつめて」は本になり、映画化されテレビ版も何度か放送されています。  心と心が結ばれた若い男女は、病気や事故で引き裂かれても、愛は永遠に生き続ける事を唄う、辛く悲しい昭和の物語です。 
 
平成が終わろうとしている今 愛し合う男と女が、当事者と関係の無い噂やスキャンダルで、引き離され様としています。  その二人は誰か?  正直、言いたくありません!
「純愛とは、強い心の繋がりです。 周りが引き離そうとすればする程 激しく燃え上がり、終いには取り返しがつかなくなる」  それだけは、しかと言いたい。  ことわざ:「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて〇〇じまえ」、先人の教えです!
                           
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2019年1月12日 (土)

“ガン(悪性新生物)”情報の嘘

日本人の 2人に1人は“ガン”になる・・・」  最近、社会を惑わすネガティブ・キャンペーンが、無秩序に流れています。  生命(ガン)保険会社が、勧誘を図る誇大広告か?  何でもありのコマーシャルであっても、一定のルールや規制が必要です!  「日本人の“2人に1人”がガンになる」と主張するのなら、それなりの根拠が無ければなりません。  確信がなければ、表現(コメント)を変えるか、コマーシャルを止める冪です。  そんな中、公益社団法人“ACジャパン”も、類似のコメントを平然と流しているのが気になります。  「ガンの恐怖を煽るのが 果たして公益なのか?」、全く理解できません!

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データは 事実を語ります。 高度な日本の医療が、いつの時点で“ガン”を食い止めたのか? ガン医療による功績は、棒グラフから一切 見出す事が出来ない!

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アメリカ合衆国では、1990年以降 ガン死亡者が減り続けています。 1980年代 アメリカ政府は、肉中心の食生活を改めるべく大々的なキャンペーンを始めた様です。(アメリカ人が日本食を真似し、日本人が悪しきアメリカ食を真似た) これが、ガン抑止のヒントです!

確かに、日本では“ガン患者”は増え続けています。  1950年代は:約6万人~ 現在:約40万人、右肩上がりで“ガン死亡者”が増加しているのは確かです。  だからと言って、日本の人口1億 2千万人に対する“ガン死亡者”は、多く見積もっても 0,5%で 50%(2人に1人)は、似非情報です。  はっきり“”と言いたい!

<< 世界ガン研究基金(イギリス・ロンドン本部)のホームページによる >>

◎ 毎年、10万人中 “ガン”に罹る患者数

① デンマーク ・・・ 331人  

② フランス ・・・ 324人

③ オーストラリア ・・・ 323人

④ ベルギー ・・・ 321人

⑤ ノルウェー ・・・ 318人

⑥ アメリカ合衆国 ・・・ 317人

⑦ アイルランド ・・・ 307人

⑧ 韓国 ・・・ 306人

          ~

㊽ 日本 ・・・ 217人?       (中国・ロシアのデータ無し)

このデータは、各国の政府機関および医師会が申告した数値を集計したものです。  日本の数値が低いのは、何らかの意図を感じます。(実数は ⑩以内?)

ただし ガンによる死亡数は、日本の場合世界で①~⑧と高い。  ガン医療に問題がある。(積極的な“ガン医療”が仇になる)

< 何を言いたいのか > 

日本医師会は、国内向けに“ガン”の恐怖を煽り、早期発見・早期治療を推奨し、国外向けには“ガン患者”の過少申告をする“ダブル・スタンダード”を平然と行っている。  その理由は、ガン医療(手術・抗ガン剤・放射線)は、日本医療界の稼ぎ頭だからです。  巨大な利権が介在するから、二枚舌や偽情報がまかり通るのです。  この時代、国家予算の半分近く医療費に充てる国は、唯一日本だけです。  “ガン”を、必要以上に恐れるのは、唯一日本だけです。  我々は、何を信じれば良いのか?  報道や医者の意見を鵜吞みにせず、日頃から“ガン”に対する自分の考えを持つ事です!

< 私の考え方 > 

我が“ホームページ”に記しています。  「キャンサー・クレブス・カルキノス」 興味のある方は、一度 覗いてみて下さい。

【 追伸 】

1月17日の新聞によると、2016年に新たに“ガン”と診断された人は、全国で 99万5千人(厚労省調べ)と発表されました。  ガン患者数は、年間に10万人以上増えているのですから、現在(2019年)は100万人を超えているのは 間違いありません。  なぜか 厚労省は、年度ごとの“ガン死亡者数”を発表していません。  想像するに、50万人に迫る数値が出たからかと思います。  「 2人に1人は ガンになる 」 このまま 従来通りのガン医療を続けると、近い将来 この表現(コメント)は、現実になるかも知れません。 

2018年12月23日 (日)

“墓泥棒”は 国策か?

“泥棒”は、犯罪です。  幼い子供でも他人の物を盗む事は、いけない(悪い)と知っています。  “墓泥棒”と名指ししたいのは、事もあろうに日本各地の国立大学の行いです。  明治以降 アイヌ人の墓(土葬)を無断で掘り起こし、無数の頭蓋骨を奪ったと言うのですから驚きです。  犯人は大学の職員か、依頼を受けた一般人か、定かではありません。  ただ、その目的は明らかです。  アイヌ人と日本人の遺伝子を調査し、弥生・縄文時代からの血脈の有無を調べたかったからです。  要するに“北海道は日本固有の領土”と、アイヌ人と日本人の関わりを、歴史的に証明したかったからです。  しかし その思惑は、あらゆる大学の研究でも解明できなかったのです。  問題は 北大や東大が、独自の判断でアイヌ民族の遺伝子を調べたのか?  “墓泥棒”に、何のメリットがあるのか?  当然の事ですが、国が関与しているのは明白です!  蝦夷地が、数百年前から日本固有の領土であるり、アイヌ人と日本人には多少なり、血脈がある事を証明したかったからです!

先日(12月15日)、“NHK・ETV特集”「明治維新から150年、北の大地に生きてきたアイヌ民族の苦難の歴史」で、アイヌ人の遺骨を北大から返還する先住民族アイヌの儀式が放映されました。  それは、戦争で散った邦人の遺骨返還とは、様相が異なるものでした。  当然です。  盗掘された遺骨の返還です。  「ご先祖様の遺骨を返してくれて有難う」、とは言う筈がありません。  明らかに、北大側は“針の筵”(弁解の余地なし)状態です。  北大を代表して儀式に参加した副学長は、首を垂れる事なく立ち竦んでいました。  そんな中、アイヌ民族の代表者は、「謝罪しろ!」と一括しました。  決して、厳しい言葉ではありません。  寧ろ “墓泥棒”に対し、優しい表現だったと感じました!

番組の後半で、元総理大臣「中曾根 康弘」(1982~1987年まで総理在任・現在100歳)の国会演説が、放映されていました。  中曽根演説:「すでに日本には、民族問題は存在しない・・・。私の眉毛は人よりも濃い、祖先にアイヌ人の血が混じっていると思う・・・」  何の根拠もない発言をし、議員たちから拍手喝采を浴びていました。  不可解です。  その当時、民族問題は存在していました。  “土人保護法”が廃止されたのは 1997年ですから、演説に信憑性はありません。  また 中曽根氏の眉毛が濃い事と、アイヌ人の血とは何の関係もありません。(髪の毛が薄いのですから、全く相関なし)  思うに 日本政府は、蝦夷地(北海道)や琉球(沖縄)の領土化を、同じ血族関係と宣言し、民族問題を安易に解決しようとしたものです。  しかし、そんな杜撰な発想が、世の中に通用する道理はありません。  寧ろ、反感を受けるだけです!

今年は、蝦夷地から北海道に命名されて“150年”になります。  一体、“命名”とは何でしょうか?  “名付け親”と言う事でしょうか?  その子供は、大きく育ったのでしょうか?  案外、名付け親が大きく潤って、子供は滅んでしまった!  現在、北海道在住のアイヌ人は13,000人で、日本全国(諸外国)に追い遣られた人々は 20万人を越えているのです! 

【 追伸 】

12月24日の北海道新聞・朝刊によると、日本各地(北大・東大・京大など)に保管されているアイヌ人の遺骨“計1,600体”を、盗掘された地域の民族に返還する手順(ガイドライン)を示した。  返還時のトラブルを考え、政府が一定のルールを設けた様です。  何故、明治時代から続けて来た“墓泥棒”の不祥事を、今になって清算しようとするのか?  2020年の“東京オリンピック”の為です!  2007年、国連で採択された「先住民族の権利に関する宣言」の中に、遺骨の返還が盛り込まれているからです。  何も、アイヌ民族に対する政府の“思いやり”(人道)では無いのです。  果たして 「尊厳ある慰霊」が、短期間で成し遂げるられるのか?  事は、簡単に治まる筈がありません!  アイヌ民族の“心の傷”を、アイヌ文化に基づく地方振興や僅かな交付金で、癒す事は出来ません!

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2018年11月 9日 (金)

画家 『 大谷 郁代 』

肖像画家『鈴木 博詞』の影響で、写実絵画に深く興味を持つ様になりました。  ロシアの『セルジュ・マーシェニコフ』もいい、日本の『岡 靖知』も素晴らしい、・・・・・。  そんな時、ツイッターの人物紹介で知った『大谷 郁代 さん』の作品に、女性が持つ繊細な描写に感動しました。  画材が、鉛筆・木炭・アクリル絵の具・油絵の具と多彩で、基本的にパステル画と言うのですから驚きです。  『大谷さん』は 絵画の製作と同時にパステル画教室を主宰し、大勢の方に描き方を指導もされている様です。  また 多くの画家に影響を与え、支持を受けている才覚ある“女流画家”です! 

annoy 写真をクリックすると画像が拡大します。     

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『大谷 郁代さん』が描くモデルの多くは、柔らかいタッチで描く女性で、バレリーナを題材にした作品が多い様です。  どの作品も 写真の様に精密で、それでいてソフトに仕上げる技法は、正に圧巻です。  

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作品の中に『大谷さん』が飼育する“インコ”が、良いポイントに配置されています。  私も“愛鳥家”ですので、興味深く拝見しています。  小鳥(野鳥を含む)や動物がメインの作品も、期待しております。  

2018年11月 1日 (木)

偉大な学者 『ガストン・ネサン』 ご逝去

詳しくは、当ホームページ「 ガストン・ネサンのソマチッド論 」を ご覧下さい

(10年ほど前、HPで公開したレポートです)

学者 『ガストン・ネサン』は、今年(2月16日)カナダのケベック州で亡くなりました。  享年 93歳でした。  その死を惜しむ方は、世界中に何人いるのか?  ごく 一握りかと思います!  しかし 『ネサン』の死に安堵する方々は少なくない筈です。  なぜなら 現代医学にとって、不都合な存在だったからです。  氏曰く:「生体(主に血液中)に 細胞をコントロールする微小生命体“ソマチッド”が存在する」  この理論が立証されると、現行医療の根幹が揺らぎます。  場合によっては、細胞レベルの基礎研究が 否定される事になります。  例えば、再生細胞(iPS細胞)の研究や、ガン排除タンパク PD1(オプシーボ)等。  現実に存在する微小生命体(ソマチッド)を無視しては、如何なる研究も徒労に終わるのです! 

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上の写真は 『ガストン・ネサン』が、70年前に設計した“2万倍率の顕微鏡(トマスコープ)”です。  何と 20代で、ドイツの光学機器メーカーに依頼して完成した高性能顕微鏡と言うのですから驚きです。  現在でも 『ネサン』の造った“トマスコープ”の性能を上回る光学顕微鏡は、世界に存在しません。  医学界は、彼の天才的頭脳を恐れ、トマスコープの存在自体を“インチキ・ニセモノ”と、否定しています。  何と 愚かな事でしょうか?  細胞やウイルスを正確に観察しなければ、次なる医療に繋がる研究など不可能です!  

『ガストン・ネサン』は、1924年“フランス”に生まれ、第二次世界大戦の最中 医学・生物学の道を歩んだ不運がありました。  戦中・戦後の混乱で 医師免許の手続きが遅れた為、フランス医師会から“偽医者”のレッテルを貼られたのが、不幸の始まりでした。  「出る杭は打たれる」 そのものです。  ◎ 自費で、高性能顕微鏡“トマスコープ”を造り上げた。  ◎ トマスコープを用いて“ソマチッド”を発見・公表した。  ◎ ソマチッドを活性化する薬“714X”を造り患者に処方した。  それらの全てが、フランス医師会の反発を受けたのです。  免疫増強剤として造った“741X”が、ガンや難病の“治癒率75%”だったのも、フランス医師会の面子を損ねたのでしょうか?  逮捕・投獄の挙句、国外追放の重い懲罰を受けたのです!

その後 『ネサン』は“カナダ”に渡り、更なる“ソマチッド”の研究に没頭しましたが、フランス医師会の追及は続きました。  フランスでの活動時代、末期ガンの患者を助けられなかったと言う理由で、殺人罪として裁判を起こされたのです。  余りにも 無謀な訴えでした。  結果的に、『ネサン』側の支援者の証言で無罪に終わった様です。(裁判の経緯は、クリストファー・バード著「完全なる治癒」に掲載されています)  現在、問題となった免疫増強剤“714X”は、カナダやアメリカ合衆国および日本で、“ガン&難病”の代替治療薬として承認されています。

『ガストン・ネサン』は、今年 93歳の生涯を終えました。  天才学者 『ネサン』は、世の中から一度もスポットライトを受けず、穏やかに消え去ったのでしょうか?  私は、違うと思います!  カナダに渡り 50年以上、研究室で途轍もない発見をしたと思います。  それが何か 分かりません。  ある日 『ガストン・ネサン』の遺書(研究論文)が、現代医学に衝撃を与えると思います!

2018年9月26日 (水)

『徳川 慶喜』 蝦夷への想い

***** 最後の将軍:『徳川 慶喜』が 大政奉還の後“明治政府”に宛てた“嘆願書” *****
蝦夷地(現・北海道)は、最近まで徳川家が経営して来た地で、人口は極めて少ない未開地である。 この蝦夷地のうち、どこか徳川にお預け頂いて 家来たちを土着させたい。 そうなれば、不毛の地の開拓もでき、そのうえ 徳川の家来たちの生活も安定するするのではないか、お願い致したい」  (北海道開拓史より抜粋)
 
戊辰戦争で大敗した『徳川 慶喜』は、新政府軍(明治政府)に軟禁される中、旧幕府軍(家来達)の行く末を案じて嘆願書を書いています。  書状において、「蝦夷地は、徳川家が経営して来た地」と認めています。  その表現は、決して“領土”・“支配地”と言っていません。  寧ろ、“貿易の地”であり“共存・共栄の地”を強調していると思います。  そんな考え方が、富国強兵(軍国主義)を目指す明治政府の思惑と大きな隔たりがあった為、『徳川 慶喜』の嘆願は受け入れられなかった。  やはり、元将軍を支持する多くの家来を蝦夷地に集結するのに、明治政府は戸惑いがあったと思います。(唯一、亘理藩:『伊達 邦成』による蝦夷地・現伊達市周辺の開拓は許可された)                     
 
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それから150年、『徳川 慶喜(1837~1913)』の想いは実現したのか?  蝦夷の先住民族・アイヌ人との“共存・共栄”は果たせたのか?  結果は、真逆です!  現在 北海道のアイヌ人は13,000人に激減し、日本の領土に化しています!  それでも、2020年の東京オリンピックの成功を願い“領土”の表現を一切封印し、“北海道命名150年”と“名付け親”を強調しています。  真実でしょうか?  世界に対する安直な“目くらまし”です!  『源 頼朝』の時代から 680年続いた“武家政権”を、安易に支持する訳ではありませんが、明治以降の“軍国主義”やその思想を、『坂本 龍馬』の願い:「日本の夜明け」を成し遂げたと称賛する事は出来ません。
徳川幕府は、蝦夷地の開拓に様々な布石を積んでいます。  決して、銃や大砲で侵略を進めたものではありません。
 
① 『伊能 忠敬』(1745~1818) 蝦夷の地図作成。
② 『間宮 林蔵』(1780~1844) 樺太(現・サハリン)探索 間宮海峡の命名。
③ 『松浦 武四郎』(1818~1888) 地名の日本語訳 「北海(加伊)道」命名。
『徳川 家康』の再来と言われた策士:『徳川 慶喜』は、これほどの調査や実績を重ねたにも拘らず、蝦夷地に武力侵略をしなかった。  そこには、先住民族・アイヌ人との“共存・共栄”を模索していたからだと思います。  しかし 明治政府を始めとする現政府は、先住民族の処遇に対し 余りにも冷酷です。  “アイヌ人”も“琉球人”も、つい最近まで“土人”と蔑んで来たのですから?  近隣諸国や世界から、日本の政治は“ナマズ”と卑下されるのは当然です!  「人民による人民の為の政治」?  日本の民主主義は、欧米に比べ100年以上遅れているのは、偽りの無い事実です。
 
*ナマズの分類は、「ナマズ(類)ルイ」です。  関連ページ 「シャクシャインの檄」を、是非 ご参照ください。    
 

2018年8月 2日 (木)

“北加伊道”命名 『松浦 武四郎』

今年は “蝦夷地”が“北海道”に改名され、150年になります。
 
1971年、札幌市厚別区野幌に 北海道開拓記念館(現・北海道博物館)が 創設されています。  広大な“野幌森林公園”には、北海道開拓に関する<当時の役所や民家>・<明治から昭和時代の生活用品等を展示する記念館>・<開拓100年を示す高さ100mの記念塔> そこには、蝦夷地が元々日本固有の領土だった事を、何の躊躇いもなく誇示していた様に見えました。(私は 40年ほど前に入場)  不思議な事に、150年の節目では様相を一転しました。  領土とか開拓地など一切表示せず、蝦夷地から北海道に改名した事を強調し、先住民族のアイヌ文化を数多く紹介する方向に転換した様です。  何故なのか?  東京オリンピックを前に「先住民族の権利に関する国連宣言」(先住民族が収奪された土地や資源の原状回復と補償)を、軽視できなくなったからです!
 
「大日本沿海興地全図」を作成した『伊能 忠敬』(1745~1818年)は、派遣役人として蝦夷地に足を運んだ第一人者と言われています。  その『伊能 忠敬』が亡くなった年に生まれたのが、後に“蝦夷地を北海道”と命名した『松浦 武四郎』(1818~1888年)です。  伊勢国(現・三重県)出身で、若い頃から日本中を渡り歩く旅人(僧侶&浮世絵師)だった様です。  幕末(28歳頃)、蝦夷地侵略を企てるロシアの動向を探るべく、単独で 3度 蝦夷地に渡り、アイヌ人との交流を深めたそうです。  それを知った徳川幕府は、『松浦 武四郎』に蝦夷地探索を命じ、先住民族・アイヌ人の調査を依頼した様です。  時代が “江戸”から“明治”に変わって以降も、政府は蝦夷地&アイヌ人に詳しい『松浦』を、“開拓判官”に命じたのですから、まるで“隠密”&“スパイ”の様に感じます。  しかし 合計 6度、蝦夷地を訪れた『松浦』は、“明治政府”の思惑とは全く違う行動を取ったのです。  アイヌ人と友好関係と共存共栄を、独自の判断で模索したそうです。  それは、明治政府の思惑(侵略)と真逆だったのは確かです。
 
私は 近代史の真相を、明確に理解していません。  ただし 北海道に生まれ育ち、真実の一旦は知っています。  日本人に優しく、アイヌ人に厳しい“土人保護法”の実態です。  友人であり知人である郷土のアイヌ人は、生まれながらに“プライド(尊厳)”を、政府に奪われたのです。  日本人に居場所を奪われたアイヌ人は、隠れる様に本州や外国に新天地を求めたのが真実です。  昨年の国勢調査で、北海道在住のアイヌ人は、13,000人程度と発表されています。  とんでもない 数値です。  全日本アイヌ協会の調査では、血族の総数を 20万人と試算しています。  それを政府は、少数民族・アイヌ人の日本人同化政策が、成功した成果と高を括っています。  そんな人権侵害は、世界の潮流に反する暴挙です。  思うに、『松浦 武四郎』のアイヌ人愛とは、全く別物です!            
 
正確には分かりませんが、蝦夷地の先住民族・アイヌ人は、和人(日本人)と“縄文時代”から交流があったのは確かです。  その証は、純粋な和犬・アイヌ犬の存在です。  既に 縄文~弥生時代に、津軽海峡を渡って蝦夷地に運ばれ、優秀な番犬として育ったのです。  それを 明治政府は、強引に“北海道犬”と改名したのですから呆れます。  『松浦 武四郎』は、“蝦夷地”を“北海道”と改名した人物と言われています。  しかし 『松浦』は、“北加伊道”と命名したかったのです。  なぜ “加伊(カイ)”に拘ったのか?  カイ=この地で生まれた者!  先住民族・アイヌの人権を尊重したかったからです。  その考え方は、明治政府の思惑に反するものでした。(いずれアイヌ人は北海道から追放する)  この政策を知った『松浦』は、蝦夷地が“北海道”と改名された時点で、開拓判官の役職と数々の名誉を辞退し、失意のまま“北海道”を去ったそうです。
 
私は、日本政府に対する“不平不満分子”ではありませんが、2020年の東京オリンピックの為に、<北海道開拓記念館⇒北海道博物館>・<土人保護法⇒アイヌ新法>・<2020年に完成予定のアイヌ民族博物館>・・・、見せかけの政策を理解する事は出来ません。  東京オリンピックが目的なら、一時しのぎの愚策でしかありません!
 
下記の写真は 『松浦 武四郎』の生誕 200年を記念し、三重県から依頼され製作した(友人『鈴木 博詞』)札幌雪祭り・市民雪像であり、北海加伊命名150年を強調する意図はないと聞いています。
 
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2018年6月29日 (金)

難病 「サルコイドーシス」

難病 「サルコイドーシス」 を、ご存知ですか?         

厚労省が指定する難治性疾患(難病)は、現在“100種ほど”あります。  スモン病・ベーチェット病・重症筋無力症・パーキンソン病・・・ 発症原因が不明で治療法が確立されていない事から、医学的な研究が急がれます。  医療研究の妨げは、難病の患者数が極めて少なく、患者の把握や追跡調査が難しい所にある様です。  また 少数の患者を対象に、巨額の研究費を使う事が出来ない(少数の患者を切り捨てられない)研究者側のジレンマもあると聞いています。  

それらの難病の中に、“サルコイドーシス”があります。  どんな病気と言うと、「肉の様な(肉芽腫)が、全身の至るところで増殖し患部を侵す病気」、目・皮膚・末梢神経・筋肉・心臓・肝臓・腎臓・・・ ガンの様に転移・増殖しますが、悪性の腫瘍でないのが救いです。  ただし 心臓で増殖すると、心不全や心筋梗塞を起こし、死に至るケースもある様です。  この病気は、100年以上前から知られていましたが、症例が少なく重症でなければ気が付かず、見逃される場合が多い様です。  例え 医者でも、簡単な検査では分からない病気です。  それ故に 特定疾患として、重症患者に対し国が医療費助成を行っています。

実は私、“サルコイドーシス”の患者です。  20代で“皮膚サルコイドーシス”を発症し、長い間 治療を続けて来ました。  40年以上 転移が無かったものの、今になって心臓に転移してしまいました。  症状は“疲労感”と“息切れ”でした。  多分、長年の喫煙が原因で肺の病気を発症したのではと、自己診断しましたが大きな間違いでした。  歩くのも辛くなり病院へ駆け込むと、「心臓が“30%”しか機能していません」と 医者に診断され、即日 入院治療を強要されました。  “CT”・“MR I”・“PET検”・・・ 様々な検査の結果、“心臓サルコイドーシス”と確定診断され、1ヶ月の入院治療を課せられました。  ただし、国が認定する特定疾患には該当しません。  入院時は重症であっても、療養と対症療法のお蔭で退院時は、ほぼ健康体に戻っていました。  サルコイドーシスは、不思議で厄介な病気です。  発症原因も分からず、治療法も確立されていないのが実情です。  私自身 医療研究の実験台に上がる意思があっても、一度 回復した症状を再現する事は出来ません。  何ヶ月・何年後に再発するか予想するのも不可能です。  それ故、難病・奇病なのでしょうか?  取り敢えず、危険な“心臓サルコイドーシス”の危機は免れました!

サルコイドーシスは、世界中に患者が分布する難病です。  10万人に 1~2人の確率で発症する病気で(喘息患者は10万人に 3000人ほど)、発症年代は 20~50代が多い様です。  男女比は、やや女性が多く、北海道など南国より寒冷地に患者が多いと言われています。

 

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